
「国境なき医師団と聞くと、“医師の集団”、お医者さんたちだけが活動している団体だと思われる方も多い。しかし実際には、医師や看護師が医療行為を行うためには、様々な分野の専門家のサポートが必要となります。様々な職種の人たちが集まって活動しているのが国境なき医師団なのです」 4n6t15
そう話すのは、国境なき医師団の日本事務局で働く今城大輔氏。彼も国境なき医師団の“医師ではない”職員の一人だ。大学卒業後、同医師団の広報アシスタントとして活動を開始した今城氏は、複数の国と地域への派遣を経験。医療援助活動の財務管理や、現地スタッフの採用活動などを担ってきた今城氏に、国境なき医師団での仕事について話を聞いた。
医師ではない専門家 4u1r51
1999年に国境なき医師団に参加した今城氏。日本事務局で広報アシスタントとして活動をする傍ら、自身も様々な国と地域への派遣を経験した。派遣先では、“医師ではない専門家”として人事及び財務管理を担当。現地スタッフの採用活動も今城氏の仕事だ。
世界各地で援助活動を行うには、海外から派遣されたスタッフだけでなく、その土地に暮らす現地スタッフが不可欠だ。紛争地で働き先が少ないと、国境なき医師団へ職を求めるニーズは特に高い。今城氏は数多くの応募者の中から、志望動機などが書かれた履歴書をもとに一人ひとりと面接を実施し、ともに活動を支える仲間を採用する。

“世界一危険な国”での出会い 5r343e
そんな今城氏には、自身の仕事に対する考え方を大きく変えた、1つの経験があったという。それは、“世界一危険な国”ともいわれるソマリアで採用活動をしていた時の出来事だ。現地の病院の清掃スタッフを募集すると、応募者の中に武装セキュリティとして働いている男性がいた。
職のない人が多いソマリアで、「いまあなたは仕事がありますよね?」と聞いた今城氏に対してその男性は、「誰が銃を持った仕事を喜んでしていると思うのですか」と答えた。
「男性には家族があって、銃を持たなくてよい仕事に就くことで家族はもっと自分のことを誇りに思ってくれるだろう、と語りました。その言葉を聞いて、1つの採用活動としてしか捉えていなかった自分の仕事に、ものすごく重みを感じました。医療従事者ではない自分も、国境なき医師団の一員としての大きな責任があると実感した経験でした」
きっかけとなるのは想像力 6d1z6y
国境なき医師団が活動する、世界のあらゆる国や地域。そこには、私たちと変わらない、血の通った一人ひとりの仕事や生活がある。困難な現実に直面する人たちに対して、遠く離れた地に暮らす私たちにできることはあるのだろうか。その第一歩として、今城氏は次のように話した。
「必要なことは“想像力”を鍛えることです。例えば今、世界で難民・国内避難民となった人たちは世界で1億人以上います。もし自分がそうだったら、と相手の立場に身を置いて考えてみる。そうすることで、自分に何ができるのか、自分は何をしたいのかが見えて、行動を起こすことができるんです。」
医療支援に留まらない「証言活動」 6w6t5s
国境なき医師団には、他の援助団体と比べて特徴的な「証言活動」という活動がある。証言活動とは、医療援助活動の中で直面した人道危機の現実を、世界に向けて発信する活動だ。医療ニーズの裏にある紛争や人権侵害へ言及することは、そうした場所の政府、様々な勢力などの紛争当事者にとって都合が悪い情報であるため、言及を避ける団体が少なくない。しかし、国境なき医師団はその現実を発信することで、次なる被害の発生を防ぐことを目指しているのだ。

「ガザは窒息状態に」 5j18e
今年5月には、パレスチナ・ガザ地区で攻撃を続けるイスラエル当局に対して、国境なき医師団は「民間人と医療への攻撃を今すぐ止め、必要な人びとに行き渡る量の援助物資を届ける」よう求めた。ガザでは2カ月以上にわたって援助物資の搬入が止められ、人びとは飢餓に直面している。イスラエルはわずかな量の物資搬入を許可したが、それはこの切迫した状況ではまったく不十分だと国境なき医師団は証言している。
また、米国とイスラエルは「人道援助」の名目で物資の配布を管理するという計画を提案しているが、援助を受け取るために強制移住や身元審査を条件づけることがあってはならないと、国境なき医師団はこの計画を非難。イスラエルによる封鎖が解除されない限り、ガザの人びとに人道援助は届かないと訴えている。(参照:「ガザ包囲は意図的な人道危機──国境なき医師団はイスラエルによる『援助の道具化』を非難」2025年5月16日、「『窒息状態』にされたガザ──イスラエルは援助を軍事の道具にしてはならない」2025年5月22日)

世界各地で紛争が続く今、目をそむけたくなるような凄惨な現実も少なくない。しかし、少し立ち止まって「もし自分がそこにいたら」と考えることが、世界を変えていくための入口になるのかもしれない。
(出典:「井桁弘恵の#みみしゃか!!」2025年1月6日、13日配信分)