プロ野球で投手として活躍し、監督としても5度の日本一に輝いた工藤公康さん(62)。山梨県の畑で野菜づくりに励み、都会の子どもを招いて体験教室も開いている。「人づくりに似ている」と語る工藤さんが、農作業を通じて子どもたちに伝えたいこととは。
八ケ岳のふもとに位置する北杜市。工藤さんは3年前に約4000平方メートルの畑を借り、有機農法で野菜を育てている。
ジャガイモ、レタス、白菜、ネギ、ミニトマト、ニンジン、ショウガ。栽培する野菜は多様で、「いつも失敗の連続」と笑う。
去年は、初挑戦したスイートコーンを全て虫に食べられ、ズッキーニは大きくなりすぎた。
「ズッキーニは成長が早いので、収穫が遅れると食べられない」
仕事の合間を縫って首都圏の自宅から通っているため、収穫のタイミングを逃すこともしばしばだという。
監督の仕事との共通点はあるのだろうか。「農業ではその野菜にあった土づくりをする。栄養を与えすぎても駄目、与えなさすぎても駄目。その選手にあった育て方をする、人づくりと似ていますね」と工藤さんは語る。
実は、農業の原体験がある。幼い頃、宮崎県延岡市にある父親の実家で田植えを手伝った。「当時は、親戚総出で作業をするのが当たり前。手伝うのは義務だった」
ソフトバンクの監督を退任した2021年。長男で俳優の工藤阿須加さんがテレビ番組の企画で農業に取り組み始めると、工藤さんも作業を手伝うように。「宮崎での田植えの記憶がよみがえって。自分でも農業をやりたくなった」という。
地元で工藤さんに農業を教え、収穫までの作業をサポートしている保坂香里さん(50)は「本当に熱心。監督時代と同じで野菜づくりが緻密で、ユーチューブなどで情報を集めて、細かい点も気配りしている」と語る。
取れた野菜の多くは大阪や名古屋の子ども食堂に提供。農業を知らない子どもたちを畑に招待して、体験会も開いている。「野菜はスーパーで育っているわけじゃない。みんな知っていることですが、体験しなければ、本当の食の大切さは分からない」と工藤さんは言う。
5月24日、東京都内の野球少年13人が体験会に参加した。スコップなどの道具、冷たいお茶など工藤さんが全て準備した。
「うまい、うまい」「すごい、できてるじゃん」。子どもたちを褒めてやる気にさせるのが工藤流だ。夢中になって土いじりをする姿を見て、その表情はほころんでいた。「私がそうであったように、この子どもたちが将来、また農業に出合うかもしれない」
農業を取り巻く環境は厳しい。工藤さんは野菜の世話を始めて「農家の人たちの苦労が分かった」と話す。
「日本では、食料自給率が38%(カロリーベース)しかなく、食べるのに困る時代が来るかもしれない。日本の農業を少しでもよくするため、できることに取り組みたい」
次世代のために。今後も農業との関わりを深めていくつもりだ。【杉本修作】