トヨタ自動車にとって特別な場所が英国にあります。産業革命の中心地だった英中部マンチェスターから近いオールダムです。

 トヨタ創業者である豊田喜一郎氏は1922年、オールダムに滞在していました。世界を代表する繊維機械メーカー、プラット・ブラザーズがあり、同社で工場実習を受けるためです。

 喜一郎氏が繊維機械の仕組みを書き取ったメモが今も残されており、そこからはトヨタが世界の技術に追い付くのだという鬼気迫る執念が伝わってきます。

 

 筆者は2023年春、およそ100年前に喜一郎氏が歩いたと思われるオールダム中心地や、プラット社の社屋や工場の跡地周辺を、歩いて回ってみました。

 起伏の多いオールダムで、プラット社の工場は谷に位置する場所にありました。喜一郎氏が下宿していたのは、当時の工場から坂を上がったところにある住宅といわれています。坂の上にあるその住宅付近からはプラット社の本社と工場を一望できました(写真上)。喜一郎氏は四六時中、プラット社を見ていたのかもしれません。

 実はトヨタ創業に少なからず関係していそうなのが、喜一郎氏の2回目の渡英です。1929年に米国経由で英国に向かい、米国では自動車向け工作機械の調査に力を入れました。

 同年末に自動織機の特許譲渡契約のため、オールダムのプラット社を訪れています。このとき、低コストの化学繊維の台頭や不況の影響で、街には失業者があふれていたといわれています。

 トヨタ自動車75年史は、「かねてから自動車製造の夢を抱いていた喜一郎は、2度目の渡航によって欧米の産業構造の変化を実感し、わが国における自動車産業の必要性を改めて認識した」と記述しています。喜一郎氏はオールダム訪問後の1933年、豊田自動織機製作所(現豊田自動織機)内に自動車製造部門を立ち上げます。

 トヨタは2023年に、プラット社の社屋だった建物を使い、織機から自動車、モビリティカンパニーへと変わろうとする同社の歴史をプロジェクションマッピングで表現した映像を公開しました。そのほぼすべてのエネルギーを環境負荷が小さいグリーン水素でまかなったそうです。トヨタにとって、織機の歴史が非常に重要であることが伝わってきます。

豊田織機へのTOBに株主からも反発も

 

 豊田自動織機は3日、トヨタを中心とする陣営による買収提案の受け入れを取締役会で決議したことを発表しました。トヨタ不動産とトヨタの豊田章男会長が出資する持ち株会社を設立し、傘下の特別目的会社(SPC)が豊田織機に対し、TOB(株式公開買い付け)を実施します。26年2月以降には株式を非公開化する予定です。(「トヨタに問われる『創業家・グループ支援』の是非 豊田織機を非公開化へ」)。

 非公開化により、トヨタ株の約9%を持つ豊田織機が買収されるリスクを防ぐ意味合いがありそうです。アクティビスト(物言う株主)の圧力がかかる「上場リスク」を回避する側面もあります。

 ただ、株主からの反発もあります。日経ビジネスが英運用会社ゼナーアセットマネジメントのデイビッド・ミッチンソン最高投資責任者(CIO)を取材しました。同CIOは非上場化自体には賛成するものの、「豊田織機が持つ世界的に強い事業の価値がTOB価格に反映されていない」と主張しました(「英運用会社、豊田織機のTOBに異論『2万円以上が適正』 買収方式にも疑問」)。

 トヨタグループは、他にも資本関係の見直しを進めています。トラック大手の日野自動車と三菱ふそうトラック・バスは10日、経営統合で最終合意したと発表。統合会社に対するトヨタの議決権比率は19.9%で、トヨタの持ち分法適用会社から外れます(「日野自・三菱ふそう統合 ランクル生産の羽村工場売却で薄まるトヨタ色」)。グループには他にも株式持ち合いは残っており、見直しの動きは今後も続きそうです。

 トヨタが開催した12日の株主総会で、豊田章男会長の取締役再任案は高い賛成比率で可決しました。今後もトヨタは短期的な利益を求める株主視点と、中長期の成長に重きを置く創業者視点を両立させる「ハイブリッド型」の経営を突き詰めていくのでしょう。企業成長という実績を上げると同時に、世界のステークホルダー(利害関係者)への説明がますます重要になりそうです。

(日経ビジネス編集部長 大西 孝弘)

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

この記事はシリーズ「今週の読みどころ」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。